2007年01月29日

母校の話

tiaraです。

 今朝は久しぶりの雪景色雪でしたね。やっぱり冬だったのね〜スキーというカンジでしたが、東城市街地はもうすっかり融けちゃいました晴れ

 今週末,2月3日(土)、4日(日)には庄原市高野第10回広島県雪合戦大会が開催されます。『雪がなくても開催する手(グー)』ということでしたが、今日も降ったし、また2月1日位に雪マークが出てるから大丈夫かな?
 
東城小学校 さてさて、久しぶりの東城の雪景色から、今日は私の母校『東城小学校』をご紹介したいと思います。
 
 今朝カメラ撮った写真ですが、まだ雪も舞ってて、めっちゃ寒そうでしょふらふら

 この学校、完成は昭和19年。当時、事業で成功されていた東城町福代出身の『栃木順作』さんが郷土のために何かしたいと、寄附で建てられました。

 計画時には鉄筋コンクリート3階建て、各階には水洗式のトイレを備えるなど、例を見ないものでしたが、当時は戦時中。設計どうりにできたのは岩盤にまで達する地下の基礎工事と1階部分だけ。戦局が進み、資材統制などの数々の困難を乗り越えられて、現在のような2階建て校舎ビルが建てられました。

 100m近い直線廊下は、当時からほとんど変わらず、東城小学校の名物です。
 そして、小学校のグラウンドの広さも誇れるほど広いですよ!水はけもよくて。
 校舎前には栃木翁の銅像があります。

 この学校に通じる橋は、以前は木造の『射場(いば)橋』と呼ばれ、老朽化も進み流出したので、栃木翁の息子さんで『嘉郎』さんが翁の遺志を継ぎ、昭和26年、現在の鉄筋コンクリートの橋に架け替えられました。
 親子2台の篤志ぴかぴか(新しい)を記念し、『栃木橋』と名づけられました。

 今日も子ども達が元気いっぱいに勉強したり、遊んだりしてますよくつ
posted by tiara at 12:05| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
栃木ではなく杤木
Posted by 東城の人 at 2007年01月29日 12:53
杤木順作さんの寄付はもう一つありますよ!
東城市街から福代までのコンクリート舗装(ただし、2本の車輪幅でした)を私費でされたと聞いています。多分、アスファルト舗装になるまであったのではないでしょうか?
Posted by yhama at 2007年01月29日 20:47
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